今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.8
子どもを守っていますか?
・ 「守り」ということ・

問題を抱えた子どもとかかわる時に、お母さんが一番困ることは「もう、どうしていいかわからない」ということです。あの手この手の解決法を考えていろいろとするのですが、結局お手上げになってしまいます。
そんなときのお母さんは、右にぶれたり左にぶれたりして中心が定まりません。
その場限りの対応になってしまい、子どもにとっても親がフラフラゆれるのでどうしていいかわからず、ますます問題解決から遠のいてしまいます。

こんなとき何かぶれない指針はないものでしょうか?
それは「守り」ということです。
しつけでも何でも、親が子どもにかかわるときの一番の根本的な姿勢は子どもを「守る」ということです。このキーワードを、しっかりとこころに刻んで欲しいと思います。
「守り」というのは「保護する」ということです。
まだまだ親の「守り」や「保護」が必要な時期に、親が手を焼いて放任したりあきらめたりすると、子どもは「無保護」となり完全に方向を見失なってしまいます。

ツタのツルは、からまる棒がないとまっすぐ上には伸びられません。
心棒は何でもいいのですが、これがないと子どもはからまって伸びて行くことができないのです。地をはうようなツタの伸び方を想像してみてください。 あなたの子どもはまっすぐ何かにからんで伸びて行っていますか?
「守り」はこの心棒です。親がしっかりと自分の子を「守る」[守りたい]という姿勢があれば、それがどんな出方でも子どもには親ごころはいつか伝わります。

子どもがお菓子をバリバリ食べています。放っておけばいくらでも食べます。
そんなとき「食べ過ぎるとダメ。お腹をこわすよ」とパチンと手をたたくのは「守り」です。それを「勝手に食べていなさい。お腹をこわすだけだから」などと憎まれ口をたたいてほおって置くのは「無保護」です。これでは子どもを守っていません。

お母さんが子どもと接するとき、一番中心にすべき心構えは「自分は今、子どもを守っているか?」という視点です。「守っている」という確信があれば、どんなやりかたでもOKです。
厳しいしつけも時には大事です。ただしこの「守っている」という気持ちがあればの話です。

子どもがすくすくと健全に育つためには「安全な守り」の場所を必要としています。
家庭はその意味で絶対安全な守りの場所でなければならないのですが、子ども達にとって最近の家庭は、必ずしも安全な場所ではなくなってきているようです。それがさまざまな問題を生んでいるのです。
お母さんは身体をはって、子どもを「守って」あげて欲しいと願います。



今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.7
あなたは癒されていますか?
・ 「親の癒し」が先決問題 ・



最近、「児童虐待」の事件が頻繁に見うけられます。
誰もが「何故、あんなひどいことをするのだろう」と胸を痛めています。
「あんな親は子どもを持つ資格がない」などと悲しんだり憤ったりします。
しかし、誰も虐待する親の心境を理解していません。

核家族で構成されている病んだ社会が、病んだ親を大量に生み出しています。
そして、犠牲になるのはいつも弱い存在の子どもや老人、女性です。(アメリカでは最近、老人の虐待が問題視されています)日本ではデフレ社会の長い不況の中で、親の失業や、経済危機という家族全体の危機状況が児童虐待のひきがねにもなっています。
家族内危機と児童虐待の発生はほぼ一致しているという報告があります。
この社会は児童虐待をする親達をたくさんかかえており、これからも厳しい社会状況の下で 頻繁にこのような事件が起こることが予想されます。

親の「しつけ」という名のもとに暴力と虐待にさらされている子どもは、逃れるすべがありません。 被害届か虐待目撃の証言がなければ警察も介入できませんし、たとえ児童相談所が保護しても 親権をたてにして、子どもの引き取りを要求してくる親に対しては、子どもを戻さざるをえないことになります。
そこでとりかえしのつかない悲劇が起こります。


「虐待する親」の心境はどの親にも潜んでいる「癒されていない自分」なのです。
ストレスをためこんだり怒りを内臓している親は、社会的にも孤立していたり人間関係がうまくいっていないことが多いのです。時には貧しさがそれに拍車をかけて、親のイライラが暴力になります。
子どもを殴る父親は妻をも殴っていることが多いのです。
暴力が習慣となり一種の「家風」となっているのです。虐待する親の多くは生育歴の中で自分の親からの抱擁が充分でなかったり、自己評価の低い人であったり対人関係が不器用で社会的孤立に悩んでいる人達です。

児童虐待の問題の根本的解決法は「病んでいる親」の「癒し」です。
根元をたたなければ、いくら子どもを保護しても後手にまわります。
まずカウンセリングすべき対象は親そのものであり、親の救済が先です。
いかなる暴力も「助けを求める声なき声」なのです。暴力をふるっている親そのものが助けをこころの内で叫んでいます。
周りが家族を孤立させず、温かいかかわりで互いに支え合う相互扶助の社会を取り戻すのも、児童虐待の抑止力になります。細かくは個々のケースでじっくりと時間をかけて、病んだ親をカウンセリングしていくしか根本的な解決の方法はありません。
児童虐待の問題を、他人事ではなく自分のこととして考えてみてください。

あなたは癒されていますか?

 

今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.6
子どものやる気を奪っていませんか?
・ 親の期待が子どものやる気を奪ってしまう ・



最近、「児童虐待」の事件が頻繁に見うけられます。
誰もが「何故、あんなひどいことをするのだろう」と胸を痛めています。
「あんな親は子どもを持つ資格がない」などと悲しんだり憤ったりします。
しかし、誰も虐待する親の心境を理解していません。

核家族で構成されている病んだ社会が、病んだ親を大量に生み出しています。
そして、犠牲になるのはいつも弱い存在の子どもや老人、女性です。(アメリカでは最近、老人の虐待が問題視されています)日本ではデフレ社会の長い不況の中で、親の失業や、経済危機という家族全体の危機状況が児童虐待のひきがねにもなっています。
家族内危機と児童虐待の発生はほぼ一致しているという報告があります。
この社会は児童虐待をする親達をたくさんかかえており、これからも厳しい社会状況の下で 頻繁にこのような事件が起こることが予想されます。

親の「しつけ」という名のもとに暴力と虐待にさらされている子どもは、逃れるすべがありません。 被害届か虐待目撃の証言がなければ警察も介入できませんし、たとえ児童相談所が保護しても 親権をたてにして、子どもの引き取りを要求してくる親に対しては、子どもを戻さざるをえないことになります。
そこでとりかえしのつかない悲劇が起こります。


「虐待する親」の心境はどの親にも潜んでいる「癒されていない自分」なのです。
ストレスをためこんだり怒りを内臓している親は、社会的にも孤立していたり人間関係がうまくいっていないことが多いのです。時には貧しさがそれに拍車をかけて、親のイライラが暴力になります。
子どもを殴る父親は妻をも殴っていることが多いのです。
暴力が習慣となり一種の「家風」となっているのです。虐待する親の多くは生育歴の中で自分の親からの抱擁が充分でなかったり、自己評価の低い人であったり対人関係が不器用で社会的孤立に悩んでいる人達です。

児童虐待の問題の根本的解決法は「病んでいる親」の「癒し」です。
根元をたたなければ、いくら子どもを保護しても後手にまわります。
まずカウンセリングすべき対象は親そのものであり、親の救済が先です。
いかなる暴力も「助けを求める声なき声」なのです。暴力をふるっている親そのものが助けをこころの内で叫んでいます。
周りが家族を孤立させず、温かいかかわりで互いに支え合う相互扶助の社会を取り戻すのも、児童虐待の抑止力になります。細かくは個々のケースでじっくりと時間をかけて、病んだ親をカウンセリングしていくしか根本的な解決の方法はありません。
児童虐待の問題を、他人事ではなく自分のこととして考えてみてください。

あなたは癒されていますか?

 

今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.5
子どもへの接し方がわからない?
・ 子どもにどう接していいかわからない親が増加中・

オギャーと生まれた瞬間から、赤ちゃんは親に頼って生きます。人間は生理的早産であると ポルトマンという博士は言いました。親に頼り、命を預けないと生きていけないのです。 そこで子どもはさまざまなサインを出してきます。

このサインをきちんと読めれば問題ないのですが、子どものこころのサインが全く読めない親が急増しています。普通お母さんは子育ての天才です。赤ちゃんの泣く声でミルクが欲しい のか、おむつをかえて欲しいのか判別できるというのです。しかし子どもが大きくなるにつれて だんだんとこころのサインが読めなくなっていきます。

例えば、ちゃんと歩けるようになった子どもは、最初は歩くことがうれしいのですが、そのうち抱っこをせがみます。親にすれば歩けるようになったのだから歩かせるようにしようとします。服も自分で着られるようになると、また着せて欲しがります。食べるのも 自分で食べられるのに食べさせて欲しがることがあります。特に第2子が誕生した後に、特によく見られるこれらのサインは「赤ちゃん返り」の愛情確認のサインです。甘えたいときに甘えられるか、愛情が欲しい時に得られるかどうかの安全確認なのです。

そこで親の対応が2種類に分かれます。自分で歩かせる、自分で着させる、自分で食べさせるきびしい親と、子供の甘えのサインに応えて、時には抱っこしてやり、着せてやり、 食べさせてやるやさしい親です。

親は自分の姿は案外見えません。しかし他人の姿は見えます。 例えば、抱きぐせがつくからと赤ちゃんを抱き上げない親がいたとします。赤ちゃんはいくら泣いても抱いてもらえないのでそのうち泣き疲れて泣きやみます。そんなとき「ホラね。抱かなかったら泣き止むでしょう」と言う親がいたらどう思いますか。その赤ちゃんは泣かなくなるかもしれませんが、サインは完全に無視されたのです。そのときの赤ちゃんの心理は不安と絶望です。それが大人になってもこころにしこりを残すことになります。

先ほどの、歩けるのに抱っこをせがむ子は、強制的に歩かせればそのうち親に抱っこは言わなくなりますが、保育園ではしつこく保母さんに抱っこをせがむ子になっています。保育園の保母さんの話では、親には見えていない世界がたくさんあるそうです。親の前では「いい子」でも保育所では「あばれる」「破壊する」手におえない子がいるのです。本当は親に甘えたいのに親から甘えを拒否されるので、その反動が外で出るのです。子どもの甘えにはいつも理由があります。自分が成長し安定するためには、たっぷりと愛情の栄養がいるのです。最初だけほんのちょっと甘えさせてくれれば、それでいいのです。その確認が取れさえすれば後は自立への道、親離れの道を歩みだせるのです。 しかしこの甘えや愛情確認が充分取れずに不安をかかえたまま成長すると、親離れができず後々いろんな問題行動をとることが心理学ではわかっています。

子どもへの接し方は、子どもと向き合えば自然と見えてきます。育児書に頼らなくても全然心配いりません。昔は育児書なんてなかったのですから。 こころのサインを読み取れるのは、お母さんの感性です。泣き声一つで、ただ事ではないのが自然とわかるのがお母さんです。もう1度、生みたての母の気持ちに戻ってみてください。本能的に子どものこころのサインが読めるようになってきます。本や他人のアドバイスでなく、自分を信じて子育てしてください。

 

今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.4
「甘え」と「甘やかし」の違い
・ 「甘え」と「甘やかし」の違いを知っていますか?・

ある中1の男の子が不登校になりました。
そこでカウンセリングを受けたわけですが、お母さんの驚きは、カウンセラーに「この子は甘えたことがないようですね」と言われたことです。

お母さんは目をひきつらせてカウンセラーにくってかかりました。
「とんでもない、この子にはどれだけ手をやいてきたことか。どれほどこの子の面倒を見るのに振りまわされてきたか。むしろ甘やかしすぎて過保護に育てたと思っているぐらいです」と大変なけんまくです。 「この子にはステレオも買い、テレビも携帯も自分のものが欲しいというので買い、自転車もいいものを買い与えています。それでもまだ足りないというのですか?」

それでも子どもは言うのです。
「親には一度も甘えたことがない」と。このズレはどこから生じるのでしょうか。 このお母さんのおっしゃるのもわかりますが、自分の側からの視点、つまり自分のしたいことで子どもに接しているからこんなズレが出てくるのです。子どもの側から見ればどうなのかという視点が大切なことに気がついていないのです。

例えば、この子が買って欲しいマンガがあるのに親はダメといって、そのかわり世界名作全集をズラリと買い揃えるのです。 こんな自転車が欲しいといってもこちらの自転車にしなさい、といって親の基準で選ぶのです。ですから、子どもの要求することはほとんど通らずに、親の
「よかれ」と思う方向ばかりが先行しています。 こんなとき、子どもは「甘えたことがない」「甘えさせてもらえない」とつぶやくのです。

求められてもいないものを、よかれと思って与えることを心理学では「甘やかし」といいます。求められたものに対して応えてやる、これは「甘え」に応じていることになります。子ども達は絶対の味方を欲しがっています。ここぞというときに「甘えられる」存在、 安心感のあるお母さんが一番うれしい存在なのです。その安心感が得られないとき子どもは寂しさの代償行為として「モノ」をあれこれとねだります。でも本当に欲しいのは「モノ」ではありません。こころのつながりです。

子どもを親の「よかれ」という思いで「甘やかさず」、子どもの側に立っておおいに「甘え」させてあげてください。それが母のぬくもりです。

 

今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.3
・ 乱入・小学生殺傷事件について・

小学校に乱入し8人の小学生を殺傷するという痛ましい事件が起こりました。親御さんのどんな新聞記事を読んでも気持ちが伝わってきて涙がポロポロ自然にでてきます。どうしてこんな悲しい事件が起こってしまうのでしょうか?

精神的におかしくなっている人が増えています。こころが病んでいる人が周りに大勢います。人間関係がうまくいかない人が急激に増加しています。社会構造が大きく変わり、社会の価値観や規範が崩れてきて凶悪な犯罪や児童虐待などが 目だってきました。このままでは日本の社会が根底からメチャクチャになります。

社会全体がおかしくなっていますし制度が病んでいるのは事実ですが、こんな一般論はいくら言っても ダメなのです。私達が今、見つめなければならないのは私達自身の足元の家庭であり自分自身です。みんな評論家になってしまって自分の足元を忘れています。社会が悪いと言っても社会とは何でしょうか?社会を構成しているのは家庭であり一人ひとり の自分です。社会や制度が悪いと言う前に各自が親である自分の責任を自覚する必要があります。

社会を構成している最初のベースは家庭です。あのような凶悪な犯人を育てたのも一つの家庭です。家庭で一番子どもに影響力のあるのは誰でしょうか?当然親です。こどもにとって第1の環境は親そのものです。親のありかたです。あの犯人の父親の話しがテレビで放映されていましたがまるで他人事のようでした。父親というより近所のオジさんのようでした。お母さんは一体どんな人だったのでしょうか?誰でも子どもは産めますが育てるのは大変です。子育ては単に大きくするだけではなく人格的な成長を期待するものです。親の責任は重大です。だから子どもを産むことは責任問題なのです。

どんなことでも原因を探るとどんどん自分から遠ざかっていきます。学校が悪い、社会が悪い経済が不況だから、政治が悪いから等、どんどん問題が自分から離れて拡大していきます。 しかし責任というのは原因追求ではなく立場論です。子どものことは親の関与しないことでもすべて親の責任です。 会社の社長さんが偉いのも会社のことは自分のあづかり知らぬことでもすべて社長さんの責任です。責任とは立場だからです。今こそ親は親として逃れられない責任を自覚しなければなりません。

知的な親は原因を探り、ハートの親は責任を感じるのです。

子どものこころのケアーも大切ですがそれ以上に源である親のこころのケアーがなければ子どもは決して安定しません。児童虐待でも一刻も早く親そのものを癒しサポートしていかなければ この流れは止まるものではありません。子どもに重大な責任を負っている親のこころの癒しや元気支援こそが子どもや家庭を健全にし、ひいては社会そのものが健全になっていくのです。 OKママは全国の責任あるお母さんを癒し応援するためのプロジェクトです。お母さん自身が学び知り成長することで自分も周りも癒され元気になるのです、ハッピーファミリー、それがこの社会を元気に健全にする確かな第一歩です。

 

今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.2
保護と無保護/子どもには守りが必要
・ 親の役割は子どもを守ること・

最近、「ウチの子は過保護に育てたくない」という話をよく耳にします。

ある大学の先生の子どもがこういう親のもとで育てられました。まだ三歳の男の子に「君はね、なんでも自分でするんだよ」 と言って「ウチの子は三歳なのに冷蔵庫から飲み物を勝手に出して自分で飲んでいる」 というのを自慢していました。何でも早くから「自立」させたかったのだそうです。その子は今19歳になって母親のからだをさわりにきて、母親から気持ちが悪いと言われる子になっています。親から離れることに不安を起こしているのです。 この「自立」という言葉はカッコいい言葉ですが小さい子どもには危険です。

例えば今、目の前にお菓子が山のように積んであるとすると子どもは食べたいだけ食べるでしょう。子どもは自制できません。大人でも場合によっては食べ物の自己 コントロールは難しいのです。まして小さい子どもが放っておいて自制するとは思えません。 お腹をこわすのがオチです。

そこで保護的なやさしいお母さんは「お腹をこわすからやめなさい」といって 「ピシャリ」とお菓子に伸びた手をたたいてやるのです。 これが「保護する」「守る」ということです。本当の愛情です。 ところが「過保護」を意識しすぎているお母さんはこんな場合でも放っておきます。 これは「無保護」「放任」です。「保護」すべきときに「無保護」になるのはお母さんの恐れている「過保護」よりももっと悪い結果を子どもの将来にもたらします。

親のための子どもでなく、子どものための親になる。 それが子ども達には一番いい親なのです。 子どもは親の所有物ではありません。いい車や宝石のようにみせびらかすものでもありません。 子どもには子どもの人格があって、決して親のいいなりになるリモコン・ロボットでは ないのです。過保護も無保護も両極端で子どもを親の都合で育ててダメにしてしまいます。 保護すべきところはキチンと守ってやることが本当の愛情です。 本当に子どもを愛しているのなら、保護の必要なときにはキチンと保護をしましょう。


今からでも遅くない!お母さんのお勉強●vol.1
あなたの子どもとあなた自身のために
・ お母さんが変われば子どもも変わる・

ひところ「問題児のかげに問題親あり」ということが言われました。  
あるいはまた「母原病」という言葉も流行りました。  
「お母さん、あなたが悪い!」と言われて逃れられる親は一人もいません。

しかしお母さんも実は被害者なのです。誰も母親の仕方を教えてくれません。
いわばてさぐりの素人のママなのに子どものすべての責任を「あんたが悪い」と決めつけられてしまうのです。

家族の問題は決してお母さん一人の責任ではありません。
カウンセリングに家族療法というのがあります。この療法では問題をかかえた人が家族の中に出たときには誰が悪いという犯人探しをしません。それは個人に責任が あるのではなく家族全体の責任で家族システムに問題があるとする考え方です。
何か家族そのものにゆがんだ問題があって、病んだ家族のサインが一番弱い人のところに出てきたのだというとらえ方です。家族問題には家族療法が必須の技術となっています。

それゆえ家族の要であるお母さんが健全な家族の「かじとり」と「きずな」を上手にきりもりしていくことがとても大切になってきます。お母さんは 野球でいえばキャッチャーのような存在で家族というチームをたばねる大切なポジションです。

しかし、大切な役目をまかされているわりには家族のあり方も、人間関係のことも子育てにおける発達心理も何も知らないことがあまりにも多いのです。
それゆえお母さん自身の勉強が大切な時代になってきています。

一人でがんばるお母さんの味方になり、お母さんを元気付け応援する必要があります。
お母さんが変われば家族が変わるのは事実です。そしてお母さんが変われば子どもは驚くほど変わるります。子どもにとってお母さんこそ何でも相談できる最も信頼できる身近な名カウンセラーなのです。

頼れる存在としてお母さん自身を磨くカウンセリングの勉強をして下さい。
今からでも決して遅くはありません。
あなたの子どもとあなた自身のために学んでください。

かざり罫